家庭礼拝ガイド



家庭礼拝のために

(1)家庭でも礼拝を!

 

“聞きなさい。イスラエル。【主】は私たちの神。【主】はただひとりである。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい。私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。 これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。”申命記6:4~8

 

家族で日々礼拝すること、信仰継承を願いつつも、自分の家庭でどのように取り組んだらよいのかと考えているクリスチャンホームが多いのではないでしょうか。

そんなクリスチャンホームの一助となることを願って、「家庭礼拝ガイド」を作成しました。

両親(父親もしくは母親)が、主のみことばを自分の子どもに伝える《箴言1:8》という生活習慣を確立し、やがて子どもが自分でディボーションできるように導くためのガイドです。

 作成した「家庭礼拝ガイド365日」は、小学校中学年以上の子ども対象です。まずは、結婚後夫婦二人で始める家庭礼拝のために用いてみてください。夫婦と乳幼児のご家庭にも用いていただけると思います。

 お子さんが未就学児~小学校低学年のご家庭のためには、絵本を用いた方がよいようです。(4)に書籍紹介を載せました。子どもたちの集中力に配慮する必要があります。「家庭礼拝」がつまならいものにならないような工夫が必要です。

まずは「家庭礼拝ガイド365日」を作成しました。

聖書全体を網羅するようにしました。暗誦もできるように、中心聖句を挙げています。メッセージは、同盟教団の先生方(教会名は2016年4月時)が執筆してくださいました。背後に、先生方の愛の労苦と祈りがあることを覚えてください。将来的には、旧約シリーズ、新約シリーズ、動物シリーズ、クリスマスシーズン、イースターシーズン、親しい人が召された時のためになどをアップしてゆく予定です。

 幼子を主のみもとに連れてきた両親の願いを知っていて、主イエスさまは、幼子たちを祝福してくださいました。それぞれのご家庭でなされる礼拝、家族共に神さまを仰ぐ時が、豊かに祝されますように。 

(2)家庭礼拝の進め方

①時間を設定しましょう。

食事前、寝る前など、家族で話し合って一番よく集まれる時間を決めてください。

②親がお子さんに読み聞かせるようにしてください。

やがて、年齢が進んだ子どもに読む機会を与えることも、お子さんたちの励みになります。

③賛美:家族で一緒に歌える曲を選びましょう。家族のテーマ賛美を決めて、同じ賛美を繰り返してもいいでしょう。季節にあった賛美、家族の状況に合わせた賛美、ご両親の好きな賛美を教えたり、お子さんから新しい賛美を教えてもらうこともできます。

④聖書朗読:その日の聖書本文を読みましょう。お子さんの成長により、輪読してください。

⑤メッセージを読み上げる:難しいことばは、補足説明してください。

よく理解できないような時でも、焦らずに続けましょう。

⑥分かち合い:家族が今日のみことば・メッセージから分かち合い、話し合いましょう。

訓戒や叱るような時間にならないように気を付けてください。それぞれが、自分のことを分かち合う時です。生活の中で実践することを励ましましょう。

⑦お祈り:家族で祈りの課題を出し合って祈りましょう。

 

家族の祈りノートを用意して書いておくと、神さまの恵みを確認することができます。

(3)「我が家の家庭礼拝」紹介

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■ 家庭礼拝の思い出 ~ 屋根裏部屋の珠玉の時間

                (南柏聖書教会伝道師 菊池真恵美)

 私たちが過ごした屋根裏部屋の珠玉の時間、それは今も継続している。 当時、「牧師館」と呼ばれていた教会裏手にある建物に私たちは住んでいた。その建物は、お世辞にも「牧師館」には見えなかった。ある時、立派な牧師館を想像して訪ねてこられた方が「牧師館はどちらですか?」とその建物の前で言われた時があった。きっとそれが「牧師館」には見えなかったからそう尋ねたのに違いない。そのように見えたであろうが、私たちにとっては素敵な「住まい」だった。

 教会から住まいまでは、実際は通路であった思うが、そこには季節の花や盆栽があった。枯山水の箱庭が教会と家とのちょっとした角に父によってしつらえてあった。竹筒から苔むした石の器にしずくがひと粒一粒したたり落ちるように造ってあった。家の裏手には小さな池まで作られていた。今思うとよくまぁあんなに狭い所に・・・と思うが、子供だった私たちが神さまから生かされ、毎日生活することを楽しむための工夫であったなと思う。私たちはそのよく整えられた庭でおままごとをしたりどろだんごをこしらえたりして遊んだものだが、遊びに夢中になりすぎて丹精こめて育てている盆栽の枝を折ったり、洗濯ものを汚したりしてしかられた。居間と台所との鴨居だったと思う。そこには、ピアノの廃材の堅い樫の木の鞭が待っていた。父や母の目がそこへ行くと背筋がピッとした。それが使われる基準はいつも「そのことは、イエスさまが喜ばれることかな」だった。ごめんなさいのあとは、お祈りとぎゅっと抱きしめられたことを思い出す。お尻の痛かったことよりもお祈りとぎゅっと抱きしめられたことを思い出すのは、そこに父と母の愛があったからだと思う。

 私たちの一番の素敵な住まいには、2階があった。曲がりくねった階段を上った右手が子供部屋で六畳ほどの屋根裏部屋のような部屋だった。つまりいわゆる天井というものがなかった。屋根の傾斜と同じ傾きにベニヤ板が張られ、そのベニヤ板には何やら怪しげな手のあとやらシミやらがあった。そのシミたちは不思議な模様になって見えた。毎日、光の加減でいろんな形に変化した。母が読んでくれる聖書物語のお話にあわせて羊に見えたり、天使に見えたりしたものだ。私たちのとっておきの、その屋根裏部屋での母との聖書の時間は、まさに珠玉の時間だった!

 

 母は毎晩私たち三人のために聖書物語(すでに絶版)を読んでくれた。私たちはじっと母の朗読する聖書物語に耳を傾けた。私が成長して、それを読むと、あれっ?書いてある文章と母が読んでくれた言葉がなんと違うのである。母は、幼い私たちに分かり易いように言葉を変えてそれを読んでいてくれていたことをあとになって知った。

 その聖書物語には、きれいな挿絵が入っていた。ページが挿絵にさしかかると、私たちは我先にと覗き込んだものだ。聖書の世界が絵になっているなんて!と、わくわくした。2段ベッドとスチールのベッドが私たち兄弟のそれぞれの居場所だった。三つ違いの弟は、一日の終わりで疲れていると、聖書物語を聴きながらすやすやと夢の国に行ってしまったこともあった。

 

  「平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。

  主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。」 (詩篇4篇8節)

 

 まさにこのみことばのように、温かいほわっとしたひととき。みことばを聴きながら安らかに寝入ってしまうのも珠玉の時間の素晴らしさだと思う。

 

 聖書物語の次は、お楽しみの時間。 なんと季節の移り変わりを感じることのできる屋根裏部屋だったろうか。寒い季節は、いろいろな童話や児童文学を、時に母の創作のお話タイムであった。私たちは、「それから、それから」と聖書物語の続きを良くせがんだが、このお話タイムも際限なくおねだりした。毎晩毎晩、次から次へとお話が出てきた。

 屋根裏部屋の屋根が焼けるるような季節になると、母はホースの水を屋根に向かって放水してくれた。気休め程度に、いや気分的にはビシャビシャと落ちる水の音で涼しく感じられた。そんな風に屋根が焼けてすぐには寝られないほどになると、よく「かくれんぼ」をした。隠れるのは、決まって母。涼しくなるまで、いろんなところに隠れてくれた母を私たちは探した。母は、いつも私たちには分からないところにうまく隠れた。終いには、心配性の二番目が、「ママ、早く出てきて!」と叫ぶほどだった。それほど母は、私たちと真剣に遊んでくれた。

 

 ある時、父が留守の時だったと思う。ちょうど「かくれんぼ」の日だった。母はよりによって、窓の外に、つまりお隣のお庭の塀との間に潜んでいた時であった。真夏である。エアコンなどない時代だから、玄関も窓も全開であった。た。「こんばんは」の声に一同一瞬ビクッとした。私たちには、母がどこに隠れたのか分からない。「はぁい」と玄関に出たものの「かくれんぼ中なんです。」の言葉が出なかったのを覚えている。母は、慌てて窓を這い上がり、赤面して応対したという思い出がある。

 

 その珠玉の時間の締めくくりは、お祈りと母の子守唄や讃美歌であった。それはおなじみのシューベルトの子守唄に私たちの名前を入れて母の創作の歌詞が入ったものだ。 聖書のお話、お楽しみの時間、お祈りと子守唄・・・これらは、私が結婚し、子供が与えられてこんな私が「母」に昇格したときから、私の役割となった。そして私の娘たちが、母からすると孫たちがこの珠玉の時間を継承していくことだろう。

 

 「わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」

  (出エジプト記20章6節)

 

  この約束のみことばを母が目指したように、子である私も、さらに孫である娘たちも目指していく。信仰を継承されたことを喜び感謝しつつ、次の世代へと伝えていく者として日々祈る者でありたい。今はもう、あの季節の移り変わりを感じることのできる屋根裏部屋はないが、マンションの最上階、ここも実は屋根の裏・・・天に一番近いところ!に住んでいる者として子供時代の毎日の聖書の時間のことをここに記す。

■ 我が家の家庭礼拝  (高麗聖書教会牧師 李相勲)

 大切にしていること 神様を礼拝する時間が楽しかったと思える記憶を持てるようにすること。 ともに遊ぶ時間を最後にとること。視覚に残るものを使いみことばの時は集中すること。1日の 振り返り、神様ごめんなさいとありがとうのお祈りができるようにすること。

 

時間 寝る前

 

プログラム 賛美1~2曲(たのしく!思い切り!)、お祈り、お話、お祈り、お楽しみタイ ム(できる時)

 

家庭礼拝の様子 我が家にはこどもが4人います。下の子は1歳になったばかりで、家庭礼拝の間は這いずり回っ てお話やお祈りの邪魔をします。(家族みんながそろっていることが嬉しそうです。) 上の小学生になる子たちは歳の分だけ試行錯誤があった家庭礼拝を経験しています。

  • 【成功例】 
  • 母は家事やほかの用事を打ち切り、こどもたちとの時間に集中します。できる時 は父も参加しギターを弾きます。未就学の兄弟にお話のレベルを合わせるようにし、集中できる ように聖書紙芝居や絵本を使います。お話の後は、今困っていることなどが分かち合い、祈れるよ うにしています。聖書のお話とすごしている生活との差が出ないように、神様が生きて働かれるこ とを味わうためです。とっておきは、最後のスペシャルタイムです。末っ子が好きな遊びをします。 かくれんぼ、動物ごっこ、マッサージタイムなど、スキンシップをしたり、体を動かして遊び、親 自身が楽しむことが子どもたちにとって嬉しい時間となるようです。  
  • 【うまくできない例】 
  • 出産や引越しのあと、行事が立て込んでいる時はなかなかできない歴史があります。また、だれかが病気の時は、祈るだけの時も。そのように無理をしないで、できる時に思いっきり賛美し、礼拝し、ともに遊ぶ。それが平日の李家の家庭礼拝・ファミリータイムです。土日は次の日の礼拝のために家庭礼拝しません。(牧師家庭の特徴上、土曜日は忙しいこともありますが、子どもたちの主日礼拝に対する期待感を持たせる効果もあると思っています。)家庭礼拝がいつも成功的に終わる訳ではありません。毎日出来る事でもないこともやって見てわかりました。時には、当分の間、家庭礼拝が行われないこともありますが、あきらめずに、また再開します。久しぶりの家庭礼拝でも、子どもたちは、その楽しさを覚えてくれます。 

(4)書籍紹介

※未就学児~小学校低学年用のテキストを紹介しましたのでご利用ください。

 〈 未就学児におすすめの家庭礼拝のための教材 〉

 - 目次 -

【1】「ちいさなちいさなせいしょのおはなし」 対象:1歳~

【2】「みんなが楽しめる 聖書ものがたり365」 対象:2歳頃~

【3】「ジーザスバイブルストーリー ~旧新約聖書のお話~」 対象:5歳~

【4】「かがやく神様のことば こども聖書」 対象:5歳~

【5】*おすすめ読み聞かせCD*「長岡輝子の聖書物語1~6」 対象:3歳~


未就学児におすすめの家庭礼拝のための教材.pdf
PDFファイル 2.8 MB

 

366日 日々のことば



※「家庭礼拝ガイド365日」(ダウンロード用)のイラストは、 日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団教会教育部ホームページ『こひつじ』 (著作権は、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団教会教育部)、CS成長センターの許可を得てを利用させていただいています。

家庭礼拝ガイド365日聖書箇所一覧(1年分).pdf
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